リーガルテックの進歩で、より本質的な仕事に注力できるように。マネーフォワード取締役瀧氏とGVA法律事務所 山本氏の語る、ベンチャー法務の未来とは

起業すると契約書を確認する機会が増えます。大きい企業であれば法務部に任せるのも手ですが、多くのベンチャー企業には法務担当者を雇うお金はありません。よく読まずに契約書へサインしてしまうこともあるでしょう。

本業に注力するため、本業と関係のない定型業務はAIやツールに任せよう、という効率化の流れが加速しています。法務分野でも例外ではありません。海外ではオンラインで法律相談に乗ってくれたり役所手続きをしてくれたりするサービス(LegalZoomなど)や、訴訟における証拠開示サービス(TechLaw Solutionsなど)など、リーガルテックのサービスが実際に運用されています。

日本では今後、どのようにリーガルテックが発展していくのでしょうか。

今回は、一足早く普及が進むフィンテック領域・マネーフォワード取締役の瀧氏と、ベンチャー支援に取り組む山本弁護士に、ベンチャーにおける法務業務とビジネスの関係や日本におけるリーガルテックの現在と未来について語っていただきました。

法律的に確実なラインはビジネスとして成立せず、ビジネス的に成立しそうなアイデアは、違法なケースが多い

 山本さんは多くのベンチャーを支援していますよね。私自身、2012年にマネーフォワードを立ち上げて以来、なんども相談に乗ってもらいました。私含め、起業家というものは自分のリソース・社会のリソースが無尽蔵にある前提で考えがち。ですが、ベンチャーはもっと慎重に考えを進めなくてはいけません。実は誰かがもう先行サービスを作っているのではないか。アクセス数が増えすぎるとサーバが持たないのではないか。常識だけで事業を行っていると、会社は路頭に迷ってしまう可能性があるからです。自分の常識を疑い、不安があれば専門家に尋ねたほうが良いでしょう。

私はいつも、弁護士の方々に質問ばかりしています。様々な質問をするのですが、視点に誤りがあると、「御社には関係ない過去事例です」とか、「御社のマーケットはこの法律範囲に該当しません」とご指摘いただく機会が多いです。こうやって自分の中に法務的知見が溜まっていく感覚があります。

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瀧 俊雄(たき としお) 株式会社マネーフォワード 取締役兼フィンテック研究所長
新卒で野村證券入社。野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデル等の研究業務に従事。スタンフォード大学経営大学院、野村ホールディングスの企画部門を経て、2012年、株式会社マネーフォワードを創業。最近のお仕事は、金融庁・全国銀行協会で、フィンテック事業者がいろんな金融機関のインフラを使うための自主規制機関を作ること。海外進出も考えている。


株式会社マネーフォワード
個人や企業のお金の課題を解決するサービスを提供する。日本でNo.1の「お金のプラットフォーム」になることを目指している。

山本 ベンチャー企業から相談を受けるときに実感するのは、法律の観点から確実なラインを攻めればビジネスとして成立せず、ビジネス的には成立しそうなアイデアは、実は違法なケースが多いということ。われわれの事務所では法律的にもビジネス的にも80点のラインを探す、というサポートを意識しています。ビジネスとして挑戦できる幅が見えることで事業戦略を立てやすくなる。弁護士に依頼することで生まれるバリューのひとつだと考えています。

ベンチャー経営はスピードが早く、難しい問題も多い

山本 GVA法律事務所はマネーフォワードと同じ2012年に創業。一貫してベンチャーの支援を行なってきました。独立前、法律事務所での業務は大企業法務も民事などの対応がメイン。その頃はベンチャー企業と中小企業の区別もついていませんでした。変化があったのは2010年頃当時私が26,7才のとき。イベントでWebやアプリを事業とする会社の方に出会ったり、サムライインキュベートから出資を受けた企業の顧問になったりと、ベンチャーと接点が増えたのがきっかけでした。相談にのるうちに気付いたのは、ベンチャーは新しいことを始めるスピードが早い、難しい問題も多い、会社のフェーズがどんどん変わっていくということ。これがベンチャーなのだと気づきました。

 私には「お金の流れを変えないと日本は良くならない」という問題意識がずっとあります。金融業界では「貯蓄から投資へ」という言葉で表現されますが、アイデアのあるところにお金が流れるようにならないと面白い会社は生まれません。

マネーフォワードはフィンテックを盛り上げることで、世の中のお金の流れを変え、人々の生活を豊かにしたいと考えています。

世の中には「先月いくら使ったか分からない人」が多いもの。例えば、クレジットカードは買い物をしたタイミングと出金するタイミングでタイムラグが発生し、支出額と残高額を把握するのが困難です。そこで私たちは支出と入金が発生した日付と金額を確認できる自動家計簿・資産管理サービス、マネーフォワードをつくりました。ユーザはアプリを使うことでお金の流れが可視化され、何に使っているのかを把握できるようになりました。見える化することで初めて改善すべきポイントが見えて来るんです。

当社のサービスでは「お金」を扱います。ユーザから信頼されなくてはサービスを使ってもらえません。法律的に見ると完全に白である必要があります。ベンチャーだった頃から法律関係は重点的に取り組んできましたが、550万の方にご利用いただけるようになったのも、上場を果たせたのも法律的にも完全に白だからこそといえるでしょう。

定型業務を減らして、ベンチャーはビジネスに注力すべき

 起業した2012年当時の私は「会社の全てのリソースを開発と営業に向けるべき」と考え、エンジニアではない私は開発以外の仕事を全部やりました。営業も法務も総務も、ごみ出しやトイレ掃除すらもです。不慣れな分野で失敗も多く、会社メンバーには迷惑をかけました。

サービスの機能拡張に伴いメンバーも増え、2014年に総務担当者と財務担当者を採用しましたが、その時期から会社の売上が伸び始めました。資金調達できたという背景もありますが、私や会社メンバーの、バックオフィスに集中力が奪われていた状態が解消し、自分の本来の仕事に集中できる環境が整ったことも要因の一つです。

山本 とても本質的なことですよね。ベンチャーは本業であるビジネスにエネルギーを全力で使うべきです。瀧さんもたくさん経験されたと思いますが、法務の問題は面倒ですよね。とはいえ、ビジネスをつくる過程では細かい契約書が山ほど発生します。それをベンチャー内で見るとなると、時間がかかるし、法律の専門家でないから内容を理解するのも大変。かといって弁護士に全部頼むのもコストがかかるでしょう。

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山本 俊(やまもと しゅん) GVA法律事務所 代表弁護士
2012年GVA法律事務所を創業。主な業務分野は、ベンチャーファイナンス、M&A・企業買収、IPO支援、東南アジア法務、IT法務、その他クライアントの成長フェーズに応じたベンチャー法務戦略の構築。2016年からはGTEP(京都大学起業家育成プログラム)や青山スタートアップアクセラレーションセンター(ASAC)でメンターも行う。
2017年1月GVA TECH株式会社を創業し、CEOに就任。法律業界の構造最適化を目指す。

GVA法律事務所
クライアントはスタートアップからグローバル企業、上場企業まであらゆる業種業態・フェーズの企業。国内海外を含むあらゆる場所でクライアントが法務サービスを受けられることを目指し、第一歩としてシンガポールに進出。

 私は元々大企業かつ金融機関の出身なので「法律は絶対」というスタンスです。ですので、起業当初はどこまでなら法律的・契約書的なラインに踏み込んで良いのかわかりませんでした。起業開始から弁護士に依頼するメリットは、どこまで柔軟な運用が可能なのか判断してもらえる点にあります。起業する人の多くはコンプライアンスや経営のプロではないので、彼らにイチから教えてくれるプロの存在が必要です。

士業の方は駄目になった会社のことも伸びた会社のこともよく知っています。起業家にとって勉強になることが多いです。

Webサービスは法律とぶつかる。法律的に空白になっている分野でも挑戦するほうが良い

山本 今までのWebサービスはWebだけの閉ざされた世界で完結するものがほとんど。しかし、2013年ごろからインターネットとリアルが融合したサービスが流行るようになりました。日本ではフィンテックがそのはしりで、マネーフォワード・NTTコミュニケーションズ・Zaimといった各社がしのぎを削りました。

2017年現在での具体的な分野とサービスを挙げれば、民泊のAirbnb・ライドシェアのUber・決済アプリのAlipayもネットとリアルが融合したサービスです。一方で、法律事務所にはリアルを前提にした法律とぶつかり、どう解決すればいいのかわからない、という相談がこの時期から増え始めました。

 昔から社会として汚いものが起きてきたのに、ネット上で行われると記録が残り犯罪になるケースが見られるようになりましたよね。現実で起こっている事がバーチャルな世界に再現されているだけなのに、Webサービスが悪いという扱われ方になる。出会い系やSNS内のいじめが最たる例です。

幸いなことに、今の政権はイノベーションフレンドリー。むしろかなりアクセルを踏んでいます。低迷の続く日本経済の突破口となるのを期待しているんです。パラダイムシフトを法律が邪魔してはいけないという空気が広がっている感触もあります。そこが現代で起業する醍醐味でしょうね。

現状、全ての法律はリアルをベースにつくられたもの。ゆっくりと変えていかなければなりません。起業の際、既に技術的に可能な領域であれば、法律的に空白になっている分野でも挑戦するほうが良いと思っています。

リーガルテックが進歩することでベンチャーは、より本質的な仕事に注力できるようになる

山本 法務業務はどうしても、クオリティとコストとスピードのバランスの悪さが解消できません。これは弁護士から見ても、企業から見ても変わらないだろうと感じています。

 バランスが悪いとまでは思いませんが、もっと早くもっと安価になれば起業家は助かります。山本さんはバランスの悪さは、何が原因だと思いますか?

契約書にはイノベーションが起きていない

山本 契約書は登場以来、UIとUXが全く変わってないことが大きな問題だと感じています。現代でも一字一句、目を皿のようにして契約書をチェックしている状況ですよね。

 100年前の人は、まさか2017年になって人間が契約書を一字一句見ているとは思わないですよね。紙ベースでやり取りしているときは付箋が登場しましたし、Wordベースの時はコメント欄が登場しました。

ですが、マネーフォワード創業当時のことを振り返ってみると、イノベーションと呼ぶにはほど遠いと感じています。付箋の時は「付箋だけ見れば良いのか?」と不安があり、結局一字一句目で追っていました。Wordになってからもテキストの条項とフキダシコメントがどうしても離れ、結局根本的な解決になっていない点に不満がありました。

リーガルテックが進み、法務分野にもイノベーションが起こることの期待はここにあります。契約書をもっと違う形で見せてあげることで価値が出るようになります。時間の削減にもなりますし、同じ説明を何度もする手間を防いでくれます。その結果、本当に解決したい課題に注力できたらいいなと思いますね。

私が事業を開始した当初、法務周りにお金は極力使いたくないと考えていました。そこまで重要な契約書ではないからざっと見てほしいと思う時もありました。例えばNDAであれば、どこまで見てもらうべきか都度判断して弁護士に依頼を出していたんです。その後、法務担当者が入社し改善しましたが、契約書に地雷となるような危ない条項が埋まってるかどうかは、結局素人目にはわからないんですよね。

弁護士事務所は労働集約型産業。アウトソーシングできる仕事は淘汰したい

山本 実は、法律事務所としても定型契約の仕事を大量にこなしたいわけではありません。

ある一定の経験を積んだ弁護士になると、定型契約をひたすら見るのは飽きますし、自分の成長を感じられなくなってしまう。

弁護士事務所は労働集約型産業なので、事務所としてもコストばかりかかる仕事になる。契約書の分野にテクノロジーが入ることで、弁護士が価値を発揮すべき仕事とアウトソーシングできる仕事に整理と淘汰がもたらされると期待しています。その結果、より考える仕事にエネルギーを使えるようになると思います。

 法務分野にテクノロジー的な革新が起こることは、弁護士だけでなく弁護士に依頼するベンチャー側にもメリットがあるのではないでしょうか。私の経験でいうと、「弁護士が見てるならお任せで良いじゃないか」と丸投げしている時もありましたし、レビュー件数が多いと最重要ポイントだけ教えて欲しくなる時は多々ありました。それではリスクを把握できませんよね。

限られた時間・集中力をどの書類のどの条項の確認に使えば最適なのか。リーガルテックが進むことで、優先度の高いポイントを教えてくれるようになると本当に助かります。

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リーガルテックが進むと、弁護士はビジネス判断の上流までサポートできる

 さまざまな分野がテクノロジーで進歩しました。金融におけるブロックチェーンの扱いにしろ、医療における遠隔死亡診断の扱いにしろ、もっと先の未来ではIoTと連動させることでスマートコントラクト(契約をスマートに行えるプロトコル)のような、何かが起きたときに法律や契約書のトリガーがすぐ引ける仕組みがつくれはずだと考えています。そこに対する期待値を高く持っています。極端な例でいえば、生命保険は心臓が止まった瞬間に払ってほしいものです。心臓が1分以上動いていなかったら死亡判定され、保険金が下りるようにする。将来的にはIoTデバイスでできそうです。そうするとスマート生命保険ができるようになりますよね。

山本 今まで、弁護士事務所や企業の法務部では、スキルが高い人も誤字脱字チェク・定型的な書類・契約書チェックなどの基礎的な作業に多くの時間を割いてきました。IT、とりわけ近年のAI分野の技術革新によって、情報産業がリアル産業をリプレイスする動きが高まっています。仕組みを効率化して更改するこの流れを、日本の法務分野にも呼びこみたいです。もともとスキルが高い人は自分の能力を有効活用できる未来、基礎力のある人はサービスをうまく能使うことで力の底上げを測ることができる未来にしたい。そうして、法務分野の力がビジネス判断の領域にもっと活用されていかなければならないと感じています。

企業は法務からのアドバイスを経営にとりこみ、より競争優位性を増すことができます。企業は日常的にかかっていた法務業務をサービスで代替できるようになり、コストが圧倒的に下がります。リーガルテックが進めば、企業がビジネスに集中し、法務分野についてはプロ間の約束事や信頼で動けるようになる未来をつくれそうです。

 弁護士は人類にズルをする人がいるから調整する役割として存在しています。弁護士が調整して示談も無理な場合のために、裁判があるはず。山本さんのお話を聞いていると、法務分野にテクノロジーが入ることで裁判所の出番も減るでしょうし、双方の信頼を担保に示談で決着することもできそうですね。そもそも、契約書段階でのリスク判断が早く確実になるでしょう。

示談にしろ訴訟するにしろ、法務的な仕事は企業にとってコストが非常にかかる問題です。その頻度が減少する未来は起業家にとって大歓迎。法務に関するクオリティとスピードのバランスが取れるようになると、ベンチャーがより本質的な仕事に注力し、もっと会社を大きくできるような、そんな世界になっていく可能性を感じます。