ベンチャー企業が転職エージェントと契約書をむすぶ上で気を付けたいポイント

ベンチャー企業において、“採用”とは大きな“投資”。そんな採用活動の中で、即戦力となる中途採用は、転職エージェントを介しての採用活動が一般的です。しかし、IT業界の転職率は高く、転職エージェントとベンチャー企業の間でのトラブルも多く発生しています。そんな時に大事になるのが、二社間で交わされる契約書です。

効果的な採用を進めるため、どうすれば揉め事を回避できたのか、より法的リスクをヘッジできる良い規定はなかったのか。ベンチャー企業にとっての対転職エージェント契約書対策を徹底解説。

ベンチャー企業への支援を行う弁護士の飛岡氏と、株式会社ミクシィ等でCTOや人事部長を努め、現在は技術と経営をつなぐ会社である株式会社レクターの代表取締役を務める松岡氏が語ります。

飛岡 依織(とびおか いおり)氏 弁護士・社労士 労務分野を得意とする弁護士・社労士。クライアントのほとんどはIT企業。フェーズはスタートアップから上場済みの企業までさまざま。お客様のビジネスにおける重要性を汲み取った法務提案を行うよう心がけている。著作に「ステージ別 ベンチャー企業の労務戦略」(中央経済社)、「アプリビジネス成功への法務戦略 -開発・リリース・運用に必要な法律知識-」(技術評論社)がある。

松岡 剛志(まつおか たけし)氏 株式会社rector 代表取締役社長
Yahoo! Japan新卒第一期生エンジニアとして複数プロダクトやセキュリティに関わる。株式会社ミクシィでは複数のプロダクトを作成の後、取締役CTO兼人事部長。その後B2Bスタートアップ1社を経て、株式会社rectorを創業。多くのスタートアップやメガベンチャーのコンサルティングを提供している。

ベンチャー企業と転職エージェントのアンフェアな関係

ベンチャー企業は転職エージェントを選り好みできない

松岡氏(以下、松岡) コンサルティングの現場や過去の私の経験のなかで、転職エージェントとの契約書は不利な内容もありました。しかし可及的速やかに人材が欲しい時は、不利とわかっていても内容を承諾し契約を締結するしかありません。

契約書の扱いは、会社規模によって変わります。大きな会社は法務部があるので、法務部にチェックを依頼することで、担当者としては費用を意識せずに自社に不利な内容に気がつくことが可能です。しかし、小さい会社ですと社内にその機能がないため、不利な内容にそもそも気がつかないケースが有りえます。

飛岡氏(以下、飛岡) そうですね。とりわけ人材紹介契約の場合、あまり契約内容を確認しないベンチャー企業が多いです。通常、契約書は内容をお互いにチェックします。しかし転職エージェントなど人材紹介の契約は、「すぐ契約するから、とにかく早く人を紹介してください」と押印してしまうケースが多いようです。

松岡 現在のエンジニア採用は倍率が高く、売り手市場になっています。さらに優秀な人となると、採用活動をしていてもなかなか出会えません。そのため転職エージェントの方との取引が増えます。知名度もお金もある大きな会社でしたら、契約条件もじっくり詰めることが出来るでしょう。しかし知名度もなくお金もないベンチャー企業がエンジニアを採用しようとした場合、えり好みできません。転職エージェントが出した契約書の雛形にサインするしかありません。

転職エージェントに有利な契約書でも、ベンチャー企業には交渉の余地もない

飛岡 おっしゃるとおり、転職エージェント側から契約書の雛形を提示されることが慣例化していて、転職エージェントに有利な内容の契約書が多いです。

転職エージェント側もビジネスです。知名度のある大企業や人気のベンチャー企業に対しては、求職者をたくさん紹介すればそれだけフィーがもらえるので、多少無理を言われても聞き入れてくれる場合もあります。しかし、知名度の低い小さいベンチャー企業などの場合には、あまり細かい条件を出すといい人材を紹介してもらいにくくなるケースがあるという話も聞きます。転職エージェントからおすすめ企業としてレコメンドしてもらえないと、求職者になかなか目に留めてもらえなくなるわけです。

採用活動は投資なので、ベンチャー企業としては転職エージェントにお金を払ってでも良い人に出会いたい。しかし、せっかくいい人材を採用できても、入社後すぐに辞めてしまうケースもあります。このようなケースに配慮した契約書はあまり多くはありません。

ベンチャー企業の人事担当者が、法務のスペシャリストである弁護士へ依頼するには、はじめは抵抗感があるかもしれません。というのも、我々弁護士が身近な存在ではなく会うまでの心理的ハードルが高いから、費用が発生し金銭的にもハードルがあるから。だから、避けられてしまうんですよね。そんな状態で、的確な判断ができるのでしょうか。

しかし、ベンチャー企業の人事担当者が、法務のスペシャリストである弁護士へ依頼するには、はじめは抵抗感があるかもしれません。というのも、我々弁護士が身近な存在ではないこと、さらに費用が発生するから。どうしても弁護士に相談するのはハードルが高くなりますよね。

松岡 契約書を甘く見るべきではないです。契約書は、トラブルが起きる前には抑止力として働き、トラブルが起きた後にはその問題を解決する指針として価値が出ます。そもそもベンチャー企業としては転職エージェントと揉めないように頑張ろうと考えるのが自然な方向ですが、問題に対処できるよう予測して手を打っておくことも大切です。

実際のケースから学ぶ、人材紹介会社との契約書でチェックしたいポイント

飛岡 転職エージェントを介しての採用で起きやすいトラブルを知っていると、不利な契約締結を事前に防ぐことができます。たとえばベンチャー投資活動団体やリーガルサービスが公開している契約書雛形を参考にすることで、契約内容が自社にとって有利なのか不利なのかを判断することができます。さらに、契約リスク判定サービス「AI-CON(アイコン)」で契約内容における自社のリスクの判定を行うことで、その有利不利な点をより具体的に明らかにすることもできるんです。このようなサービスを活用することは、転職エージェントを介しての採用で起きやすいトラブルを事前に明らかにすることができるため、非常におすすめです

本日はケーススタディとして、「採用したもののすぐ辞めてしまった」ケース、「転職エージェントとの契約終了後、求職者を採用したら報酬を要求された」ケース、「ベンチャー企業と求職者の連絡を仲介する転職エージェントの対応等が遅い」ケースの3つをご紹介します。実際にどうすれば良いのか、条項のどこに注目すれば良いのかをお伝えします。

ケース1:転職エージェント経由で採用したもののすぐ辞めてしまった!

松岡 よく聞くのは、転職エージェント経由で求職者を採用したもののすぐ辞めてしまったというケースです。このような話はどこの企業も経験があるのではないでしょうか。この場合、ベンチャー企業が転職エージェントに支払った紹介料は返金されるのかどうか。返金されないとすると、ベンチャー企業は人も取れず予算も無くなってしまうことになる。これはあまりに厳しい。

飛岡 このようなケースは実際に頻発するので、契約書をレビューする際には必ずカバーするようにしています。具体的には、「1カ月以内に退職したら何%返金」と記された条項を盛り込むことが多いです。返金額のパーセンテージは転職エージェントによってさまざま。入社からの期間も1カ月以内をベースに、3カ月以内、半年以内というように段階を踏む場合もあります。

ベンチャー企業が陥りがちな落とし穴は、返金額のパーセンテージばかりに目が行き、返金の条件(返金事由)を見落としてしまうことです

この「返金事由」をしっかり確認することが大切です。そもそも返金は一切ない、という契約書もあるので、まずは返金の条件が定められているかどうかを確認します。返金可能なケースを狭めている人材紹介契約書も少なくありませんので、返金の条件が網羅的に書かれているかどうかも、合わせて確認してください。

単に「退職したら返金」との記載しか契約書にないためにトラブルとなるケースがよくあります。退職に至る経緯は、法的にみると、解雇から自己都合の退職までさまざま。それらの退職を一括して定めると、当事者間で認識の食い違いが生じる可能性があります。また、自己都合で退職したときだけを条件としていて、内定辞退や解雇に対応していない場合もありますので、その場合には交渉する必要があります。

一般的には、転職エージェントへの紹介料の支払い時期は入社後の翌月が多いですが、内定を出した翌月(入社前)などになることもあります。端的に支払いタイミングが遅らせればいいですけど、支払サイトの変更については転職エージェントがなかなか交渉に応じてくれないことが多い。ですので、入社前や入社直後の退職時にトラブルとなることの多い返金条件の有無や内容の事前チェックは、とても大切になってきます。

ポイント:

  • 返金事由があるか確認しよう
  • 返金条件が網羅的にカバーされているかを確認しよう
  • 転職エージェントへの支払い時期に注意しよう

ケース2:転職エージェントとの契約終了後、求職者を採用したら報酬を要求された!

飛岡 転職エージェントとの契約終了後に転職エージェントへの報酬が発生したと相談されるケースもよくあります。契約書の条項によっては、人材紹介契約を終えたあとに一度紹介された求職者を採用した場合も転職エージェントへ報酬を払う必要がある場合があります。

ベンチャー企業と求職者が転職エージェントに内緒で中抜きで採用すれば紹介料は発生しない。転職エージェントとしてはこれを防ぎたいわけです。そのため、契約書にはベンチャー企業と転職エージェントの「契約終了から1年間は報酬発生対象」と書かれていることがよくあります

松岡 それは企業の対応がちょっと残念ですね。

飛岡 仮に「契約終了後の報酬発生対象」に関する条項があるのを知っていても、その期間まで確認していない場合があります。長い場合には契約終了から2年後まで報酬発生の範囲として指定されていることもありますので、契約時にきちんと確認しておきましょう。

松岡 1年から3年まで見たことがあります。3年だとエンジニアの転職ライフサイクルの1回転分と言えるかもしれません。本当に指定範囲が妥当なのか注意して確認する必要があります。

ポイント:

  • 契約終了後の報酬発生対象の有無・期間に注意しよう

ケース3:ベンチャー企業と求職者の連絡を仲介する転職エージェントの対応が遅い!

飛岡 選考中の求職者への連絡は「必ず転職エージェントを介してください」と規定されていることが多いです。特にエンジニア職種は超売り手市場なので、ベンチャー企業としては良い人がいたら絶対採用したいはず。しかし転職エージェント側の対応が遅く、すごく良い人材が来てくれても入社を逃してしまうケースもあります。

松岡 対応が遅かった背景は色々考えることができます。たとえば求職者は他の志望度の高い企業から内定が出そうだった、などです。転職エージェントは求職者の満足度を最優先させます。今は売り手市場が長期に継続しています。この状況下で求職者に良い体験をさせれば、3〜5年後の次の転職の際に同じ転職エージェントを頼ってくれるという計算が働いています。このため転職エージェントの方が面接の組み方などで、求職者にとって良い状況を作る働きかけをするのは当然。

とはいえ、採用を急ぎたいベンチャー企業から見れば困った状態です。こんなとき、ベンチャー企業はどうすればいいのですか。

飛岡 契約書上は、基本的に直接連絡はダメと規定されていたとしても、「やむを得ない事由があればできる」という例外事由を設けられるといいでしょう。そうすれば、転職エージェントと連絡が取れないから直接求職者に連絡を取りましたといえる。あわせて転職エージェントの担当者変更も視野に入れてみてください。連絡スピードは担当者の能力による可能性もあるので、見極めたうえで転職エージェント会社に申し入れましょう。

ポイント:

  • 求職者との直接連絡がダメとなっていたら、例外事由を設けよう
  • 状況によっては、転職エージェントの担当者変更も視野に入れよう

転職エージェントと契約するときに気を付けたいポイント

松岡 契約書が読めるようになるまで、有料サービスを使って対策できるなら保険料みたいなものですね。リスクがわかっていれば、揉めても慌てず速やかに諦めて次の行動に移れます

人間の頭にはディープラーニングが搭載されています。従来は契約書を見る目を養うには契約書をたくさん読み、採用をしたり実際のトラブルに対処したりするなど、経験を積むしかありませんでした。契約書を見ても、社歴の長い会社の契約書のほうが文章量が多い気がします。

自分が培った成果を次の人に渡すにはいくつか方法があります。例えば、書類選考の場合は選考理由を1枚1枚全部フィードバックして人事担当者に伝えます。ひたすら情報を流し続けると、担当者の頭の中でディープラーニングができ、応募書類を見る目が養えます。これは母数である書類選考の数が多いため、短期間である程度の成果が出ます。しかし契約書は母数が少ないので経験を積ませることが大変です。くわえて、ベンチャー企業の人事担当者が法務知識を学ぶ方法・機会は書籍以外にほとんどありません

飛岡 多くのベンチャー企業は、走りながら経営判断でリスクを踏むか守りに入るかをスピーディーに選択する必要があります。この選択の材料として、ベンチャー企業の方々には「AI-CON」のようなサービスを活用して時間やコスト削減していただき、それ以上のサポートが欲しいと感じた時に、われわれ弁護士にご相談いただき、経営判断をサポートをさせていただければと考えています。

ポイント:

  • 契約書を読む目は経験を積むか、サービスで買うか
  • スペシャリストである弁護士に相談する事もできる

松岡 現在エンジニアは採用の難易度が高い職種で、他の職種に比べて倍率が何倍も違います。そのため、エンジニア転職市場では、転職エージェントとベンチャー企業は関係性を築き育てるものだという認識があります。お互いの理解をどんどん深めて、紹介の精度をどんどん上げ、お互いにメリットのある関係になろうとします。揉めるぐらいなら、相互に密にフィードバックして次の採用で頑張りたい。そう考えるべきです。

エンジニアは3〜5年後また転職します。いい転職先を紹介してくれた転職エージェントには、3〜5年後また相談します。転職エージェントからしたら、伸びそうなベンチャー企業にしか求職者を紹介したくない。だって、大体のベンチャー企業は潰れるから。

エンジニアが転職を考える際には、3〜5人ほどの転職エージェントに会ったり、さまざまな転職サイトに一通り登録したりするでしょう。転職のためのチャネルはいくらでもあります。ベンチャー企業がそうであるように転職エージェントもまた選ばれる時代です。ベンチャー企業も転職エージェントもお互い掃いて捨てるほど数がいるから雑に扱うのではなく、お互いにフィードバックしあい、共に成長しようとする姿勢が大切です。そうして、ベンチャー企業も転職エージェントも求職者に選ばれる存在になっていく。今の時代は高潔に商売したほうが得すると思います。

弁護士なら交渉術も教えてくれる

飛岡 目を皿のようにして疑い深く見るといいますか。本来契約書は細かいところまでしっかり見ないといけない。ただ、それをベンチャー企業が、あるいは経営者がするのかという点を考えてもらいたいです。専門家である弁護士に任せようと言っていただくのが弁護士の存在意義だと思っています。

松岡 ドラフト・レビューサービスやレコメンドサービスのAI-CONを使って、何が正しいか、どのくらい自社がリスクをとっているかを知ると、人事担当者は交渉したくなるかもしれません。しかし交渉慣れしてない場合はどうしたらいいですか?

飛岡 われわれ弁護士にご相談くだされば、交渉の場に同席することもできます。とはいえ毎回同行していると費用が高くなります。ですので契約書に条項の修正案やコメントを提示して、「こういうふうに言って交渉してみてくれませんか」ということをクライアントに提案させていただいています。

松岡 顧問契約をしなくても相談にくる方はいるんですか。

飛岡 もちろん、スポットでの依頼もあります。スポットと顧問の違いは、継続的なお付き合いがあるかどうかというところ。継続的に対応させていただくことで、よりクライアントに合った対応ができます。勘所が分かるようになり、クライアントが弁護士にいちいち注文しなくても伝わる点が顧問契約の大きなメリットだと思っています。

まとめ

松岡 多くの契約書を見てきて感じたのは、プログラムと同様に「パターン分け」できるということ。人材紹介契約書やNDA、業務委託契約書など、準委任系はほぼパターン化されています。契約書内の条項も「○○したときに××する」というような「if文」の組み合わせだから、機械で処理できるはずです。

さまざまな業界でテック化が進んでいる米国の動きを見ていても「機械ができることは機械に任せる」方向になります。人がやらなくても良い作業を任せられるサービスが手の届く範囲の価格帯で手に入るなら、私はすごくうれしいです。そうして本業に集中したいです。

飛岡 契約はビジネスのためにあるもの。ビジネスを進めるために、法務的にどう見ればいいか考えるのが法務の役割です。法務に掛けるコストが少なければ少ないほど、企業はビジネスに注力できます。われわれ弁護士は、企業が注力したい重要性の高いビジネスや問題の解決にがっつりかませていただき、「AI-CON」などの契約リスク判定サービスで対応できる部分は、リーズナブルにスピーディーに進めていただける、そんな世界が来ると非常にいいなと思います。